安岡正篤年譜

安岡正篤年譜

1898(明治31年)1歳
    2月13日、大阪市旧順慶町にて、堀田喜一の4男として誕生。
    幼少より四書五経の素読を受け、『大学』などは小学生時にすべて暗唱。

1910(明治43年)13歳
    3月 東大阪市立孔合冊小学校を卒業し、
    4月 大阪府立四條畷中学入学。中学では剣道部主将として活躍。
    浅見晏斎、岡村閑翁などの影響を受け、東洋思想の基本を理解。

1915(大正4年)18歳
    1月 安岡家の養嗣子となる。

1916(大正5年)19歳
    9月 旧制第一高等学校入学。

1919(大正8年)22歳
    9月 東京帝国大学法学部政治学科に入学。

1921(大正10年)24歳
    3月 安岡婦美と結婚式を挙げる。
    10月『支那思想及び人物講和』(玄黄社)を処女出版。

1922(大正11年)25歳
    3月『王陽明研究』(玄黄社)を出版。東京帝国大学卒業。
      文部省に奉職するも1か月ほどで辞職。これが唯一の勤務経験で、
      以来、一貫してわが道を歩む。
    7月 沼波瓊音の紹介で北一輝に会い、その紹介で大川周明を知る。
    10月 酒井忠正伯爵らと東京文京区原町に亜細亜文化協会研究所を設立。
    11月 機関誌『東洋思想研究』を発刊、単独執筆する。`

1923(大正12年)26歳 
    3月 東洋思想研究所を組織し『東洋思想研究』を続刊する。

1924(大正13年)27歳 
    3月『日本精神の研究』(玄黄社)出版。海軍大学校講師に招かれ、
      1年有半にわたり武士道学を講じる。

1927(昭和2年)30歳 
    4月 金鶏学院開校。

1929(昭和4年)32歳 
    4月『東洋倫理概論』(玄黄社)を出版。

1930(昭和5年)33歳 
    3月 金鶏学院運営のかたわら、屯田式哲学の実践を構想、日本農士学校設立の        準備にかかる。

1931(昭和6年)34歳
    5月 日本農士学校開校。

1932(昭和7年)35歳
    1月 酒井忠正、吉田茂、荒木貞夫らを発起人に、政争を超えて国運の維持に
       尽力するために国維会を結成。
    6月 朝鮮総督府の招きにより渡鮮。以来、朝鮮統治に協力することになる。
    12月『東洋政治哲学』(玄黄社)を出版。

1933(昭和8年)36歳
    2月 日本農村の維持と郷学振興を目的とした篤農協会設立。
    12月 大阪市箕面に設立された大阪金鶏書院の学監を引き受ける。

1934(昭和9年)37歳
    5月 朝鮮総督府および満州国政府の招きで1か月余満鮮に渡り、
       日系官吏や満鉄職員らに王道哲学を講義。

1936(昭和11年)39歳
    2月 『童心残筆』(新英社)
    12月 『漢詩読本』(日本評論社)を出版。

1937(昭和12年)40歳
    5月 吉川英治、乾利一らと心交協会結成。
    6月『週刊太陽』を発刊。

1938(昭和13年)41歳
    5月 『為政三部作』(玄黄社)を出版。
    12月 諸国の事情と人物観察のため、半年余にわたる世界旅行に出発。

1940(昭和15年)43歳
    3月 『経世瑣言』(刀江書院)を出版。
    8月 日本農士学校において東洋農道振興大会を開催。

1942(昭和17年)45歳 
    5月 興亜同学会を設立、戦時下における有志の切磋琢磨を図る。
    9月 中支、台湾、海南島を歴訪、軍官民有力者に王道を説く。
    12月『世界の旅』(第一書房)を出版。

1943(昭和18年)46歳 
    4月 朝鮮総督府の招きで渡鮮、知事に東洋政治哲学を講義。

1944(昭和19年)47歳
    6月 『経世瑣言全』(旺文社)を出版。
    8月 小磯内閣大東亜省顧問に就任。

1945(昭和20年)48歳
    8月 終戦の詔勅を刪修、「萬世の為に太平を開かむ」その他、朱を入れる。
    9月 蒋介石の取り計らいにより戦犯容疑者としての逮捕を免れる。

1946(昭和21年)49歳
    1月 金鶏学院、日本農士学校、解散命令を受け、財産を没収さる
      (日本農士学校は6月使用許可が出て存続を得)。公職追放を受ける。
    3月『百朝集』 11月『老荘思想』(ともに福村出版)を出版。

1948(昭和23年)51歳
    3月『漢詩と人間学』 11月『政治家と実践哲学』(ともに福村出版)を出版。

1949(昭和24年)52歳
    9月 有志の願望により師友会(昭和29年に全国師友協会)設立。

1951(昭和26年)54歳
    10月 公職追放解除。

1952(昭和27年)55歳
    8月『日本の父母に』(福村出版)を出版。

1953(昭和28年)56歳
    10月 台湾に蒋介石を表敬訪問。

1956(昭和31年)59歳
    2月『副論語』(明徳出版社)を出版。

1957(昭和32年)60歳
    1月『興亡秘話』(明徳出版社)を出版。
    3月 関西師友協会設立。

1958(昭和33年)61歳
    3月 『暁鐘』(明徳出版社)を出版。

1959(昭和34年)62歳
    1月 NHKよりラジオ講座「暁の鐘」放送開始。
    8月『東洋思想と人物』(明徳出版社)を出版。

1960(昭和35年)63歳
    11月 『易学入門』(明徳出版社)を出版。

1962(昭和37年)65歳
    11月『朝の論語』(明徳出版社)を出版。

1969(昭和44年)72歳
    1月 成人教学研修所設立。

1970(昭和45年)73歳
    10月 郷学研修所設立。

1973(昭和48年)76歳
    7月『伝習録』(明徳出版社)を出版。

1976(昭和51年)79歳
    5月 韓国大邱にて特別講演。

1979(昭和54年)82歳
    8月 体調を崩し、順天堂病院に入院。小康を得て4か月後に退院。

1981(昭和56年)84歳
    5月 園遊会に出席。

1983(昭和58年)86歳
    12月 永眠。

(年齢は数え年)