今回の墨蹟

七言律詩 [この七言律詩は、あと書きにあるように、昭和乙亥(十年)の二月、 先生は悪性の...]

覚路(かくろ) 迷途(めいと) 四十年
茫々たる萬事 雲烟に入る
①水魚の契(ちぎ)り無く 方略を瘞(うず)め
鐘伯(しょうはく)の知音(ちいん) 昔賢を歎ず
百歳の寄逢 唯だ古巻
半生の清福 是れ山川
春来病に臥す 都城の裡(うち)
今日衣を振って 自然に帰す

乙亥二月、病を得て熱海に去(ゆ)く 一夜感有り、瓠動

解説

この七言律詩は、あと書きにあるように、昭和乙亥(十年)の二月、
先生は悪性の腺窩性扁桃腺炎に冒(おか)され、敗血症を併発されて、熱海に療養された。
その時の作。
醒睡帖に揮毫されている。

大意。人生いかに生くべきか、学問いかにあるべきか、覚ったり迷ったりして四十年。
萬事は茫々として雲烟の世界にある。

ごく親しく仕える人もなく、わが方策策略も空しく土に埋め、
心からつき会える友と昔の
賢人を語り、ただ時勢を嘆くばかりである。

先人の口調をかれば、百年の出逢いとして古典に接した喜び、
半生の清福は山川の自然に親しむことだ。

思えば都会暮らしで、この春から病床に臥してしまった。
今日は都塵を去って、ここ熱海に移り、やっと自然の風物に親しめる身となった。

注①水魚の契り、水と魚が切り離せないように親しい交わり。「君臣水魚の交わり」の語あり。
注②鐘伯 礎の鐘子期が斎の伯牙の琴の音を良く理解したこと。知己のことを知音ともいう。

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